おしどり贈与は、いつするかで意味が変わる ― 建物評価の低下・土地の値上がり・2次相続
いま500万円の建物持分は、20年後、30年後の相続時には200万円になっているかもしれません。おしどり贈与は、贈与から相続まで何年あると見るかで答えが変わります。
待っていれば下がるものを、いま高い評価額で動かすことになる。おしどり贈与の「時期」の問題は、ここから始まります。 婚姻期間20年以上の夫婦が使える贈与税の配偶者控除(おしどり贈与)について、1本目の記事では1次相続の損得を見ました。相続税の税額そのものは大きく動かず、実際に効いてくるのは相続税の申告が要るか要らないかのほうだ、というのがその結論です。 この記事では、そこで先送りにした「時間」を扱います。贈与をしてから相続が起きるまでに、建物の評価額は下がり、土地の価格は動き、ご夫婦の財産も変わります。そして1次相続の先には、2次相続があります。
この記事の内容
・1.年齢ではなく、贈与から相続までの期間
・2.建物の評価額は、待っていれば下がる
・3.土地は上がるかもしれない。ただし特例が使えるなら影響は2割
・4.贈与をしても、2次相続まで軽くなるわけではない
・5.贈与した自宅は、必ず妻の2次相続を通る
・6.1次相続で、妻に集めすぎない
・7.複数の時間軸を置いて比べる
・この判断の分かれ道・まとめ いつするかは、ご家族の予定から決まる
1本目の記事と同じ前提で考えます。夫の財産は、自宅の土地3,000万円・建物1,000万円・預貯金2,000万円の合計6,000万円。相続人は妻と子2人。贈与するのは、土地と建物をそれぞれ2分の1ずつ(土地1,500万円+建物500万円=2,000万円)です。
おしどり贈与は相続税対策になるのか ― 効くのは税額より、相続税の申告が要らなくなること
1.年齢ではなく、贈与から相続までの期間
「何歳から考えればよいですか」とよく聞かれます。ただ、実際に結論を左右するのはご夫婦の年齢そのものではなく、贈与してから相続まで、どのくらいの期間があると想定するかです。 婚姻期間20年以上という要件があるため、この制度を最初に検討できるのは、多くの場合50歳前後です。そこから相続まで20年、30年あるかもしれません。一方、80代で検討するご夫婦もいらっしゃいます。同じ制度でも、この2つではまったく違う判断になります。 もちろん、いつ相続が起きるかは誰にも分かりません。ですから「何年後」と決め打ちするのではなく、短い場合と長い場合の両方を置いて、どちらでも耐えられる選択かどうかを見ることになります。
2.建物の評価額は、待っていれば下がる
相続税・贈与税では、家屋は原則として固定資産税評価額で評価します。そして建物の固定資産税評価額は、年数がたつにつれて下がっていくのが一般的です。 いま妻へ贈与する建物持分は500万円。これが20年、30年後の相続時には200万円になっていたとします。そのまま相続まで持っていた場合、課税価格に入る自宅持分は、土地1,500万円に小規模宅地等の特例を使った300万円と、建物200万円で、合わせて500万円です。
つまり、いま2,000万円分の不動産を動かして、将来500万円になるはずのものを相続財産から外していることになります。
建物については、待っていれば自然に下がるものを、わざわざ高い段階で動かした形です。相続まで20年、30年あると見込むご夫婦では、この点が無視できません。相続税の面だけを考えれば、急いで建物を贈与するメリットは小さくなります。 反対に、比較的高齢のご夫婦では、建物の評価額はすでにかなり下がっているはずです。下がりきったあとの評価額で贈与することになりますから、「高い段階で動かしてしまう」という心配は小さくなります。ただし同時に、動かせる金額そのものも小さくなります。
3.土地は上がるかもしれない。ただし特例が使えるなら影響は2割
建物とは反対に、土地は将来値上がりする可能性があります。再開発、交通の便の向上、周辺の宅地の需要。土地の評価額が上がる要因はいくつもあります。 いま1,500万円の土地持分が、相続時に2,500万円になっていたとします。贈与せず夫が持っていれば、その2,500万円が相続財産です。いま1,500万円の段階で妻へ贈与しておけば、その後の値上がり分は、原則として夫の相続財産には入りません。ここだけを見れば、早く贈与しておくほうが有利に見えます。
ただし、小規模宅地等の特例が使えるなら話は変わる
その土地が一定の要件を満たす自宅の土地であれば、相続時には330㎡まで80%減額できます。2,500万円の20%で500万円。贈与しなかった場合に課税価格に入るのは、この500万円です。1,500万円のままだったとしても300万円ですから、1,000万円の値上がりが課税価格に与える影響は、200万円分にとどまります。
小規模宅地等の特例が十分に使える自宅の土地であれば、値上がりのリスクも8割は吸収されます。
「土地が上がりそうだから早めに贈与しておこう」という判断は、この特例が使える前提では、思ったほど効きません。 土地の値上がりが本当に効いてくるのは、相続のときに小規模宅地等の特例を十分に使えない場合です。面積が330㎡を大きく超える、ほかにも特例を使いたい土地がある、妻が自宅を相続しない見込みがある。そういった事情があるなら、値上がり前に動かしておく意味が出てきます。 そしてもちろん、土地の値上がりは保証されたものではありません。横ばいのことも、下がることもあります。下がった場合は、高い評価額の段階で贈与してしまったことになります。建物は下がる方向、土地は上下どちらもあり得る方向。この2つを同時に見る必要があります。
4.贈与をしても、2次相続まで軽くなるわけではない
ここで多い誤解を一つ整理しておきます。「生前に妻へ渡しておけば、2次相続も軽くなるのでは」という考え方です。 贈与をしなければ、妻は1次相続で自宅と預貯金の一部を取得します。贈与をすれば、妻は生前に2,000万円分を受け取り、残りを1次相続で取得します。どちらの場合も、最終的に妻が持つ財産の額が同じであれば、2次相続の課税価格も同じです。夫から妻へ財産が移る時期が早くなっただけで、妻の手元に積み上がる財産は変わらないからです。 2次相続の基礎控除は、相続人が子2人なら3,000万円+600万円×2人=4,200万円。妻が最終的にいくら持っているかで、2次相続の税額も申告の要否も決まります。そこに、おしどり贈与をしたかどうかは直接には影響しません。 おしどり贈与は、1次相続と2次相続を合わせた総額を減らす制度ではありません。夫の財産を先に妻へ移すことで、1次相続の側の課税価格を下げる制度です。
2次相続をどうするかは、別に考える必要があります。
5.贈与した自宅は、必ず妻の2次相続を通る
むしろ、2次相続との関係で気をつけたいのは次の点です。言葉にすると分かりにくいので、具体的に見ていきます。ここでは、子Aが夫婦と同居していて、子Bは結婚して自分の家を持っている、というよくある形を想定します。
贈与しなかった場合 夫の相続のときに選べる
自宅4,000万円は、まるごと夫の名義です。夫が亡くなったとき、この自宅を誰が取得するかは、そのときの事情を見て決められます。
- 妻が取得する(配偶者なので、小規模宅地等の特例を使える)
- 同居している子Aが取得する(要件を満たせば、子Aも特例を使える)
- 妻と子Aの共有にする
どれも選べます。ここで子Aが自宅を取得し、妻には預貯金を渡す、という分け方をしたとします。自宅は夫から子Aへ、一度で移ります。妻の財産にはなりません。つまり、この自宅は2次相続を通らずに済みます。
贈与していた場合 半分はもう動かせない
自宅の2分の1(2,000万円分)は、すでに妻の名義です。夫が亡くなったとき、分け方を決められるのは残りの2分の1だけです。 子Aに自宅をまとめたいと思っても、妻の持分は妻のものですから、夫の相続の遺産分割では動かせません。妻から子Aへ渡そうとすれば、今度は妻から子への贈与になり、あらためて贈与税の問題が出てきます。結局、妻の持分2,000万円分は、妻が亡くなるまで妻の名義のまま残ることになりやすいのです。 そして妻が亡くなったとき、その持分は子A・子Bへ移ります。このとき小規模宅地等の特例を使えるかどうかは、そのときの子の状況で決まります。同居していた子Aが取得すれば使える可能性がありますが、子Aがすでに家を出ていたり、子Bが取得することになったりすれば、80%減は使えません。 特例を使えない場合、妻の土地持分1,500万円は、そのままの評価額で2次相続の課税価格に入ります。600万円ではなく1,500万円です。この記事の例では妻の財産が基礎控除4,200万円に収まる見込みなので、そこまで影響は出ません。ただし、妻にもともと財産がある場合や、1次相続で預貯金を多く取得した場合には、この1,500万円が結論を変えることがあります。 もう一つ、現実的な問題があります。妻の2次相続では、自宅の持分を子2人で分けることになりやすい、という点です。子Aと子Bの共有になれば、その後に売るにも建て替えるにも、2人の同意が必要になります。
まとめると、違いは「いつ決めるか」です。贈与をすれば、自宅の半分の行き先を今日決めることになります。贈与をしなければ、その判断を夫の相続のときまで先送りできます。
先のことが分からないのは、どちらも同じです。夫の相続の時点でも、その先20年、30年のことは分かりません。ただ、そのときには、今日よりは分かっていることがあります。子どもたちがどこに住んでいるか、誰が自宅を継ぐ気があるか、妻がこの家に住み続けるつもりか。判断を遅らせるほど、手元の情報は増えます。 もちろん、先送りにも難しさがあります。夫が判断できない状態になれば、贈与という選択肢そのものが消えます。制度が変わることもあります。反対に、いま妻の名義にしておくこと自体に意味があるとお考えなら、それは十分な理由になります。どちらが正しいという話ではなく、いつ決めるかを選んでいる、ということです。 加えて、妻が先に亡くなる場合も考えておく必要があります。贈与した持分は妻の相続財産となり、夫が相続するのか、子が相続するのかという話になります。せっかく妻へ移した財産が、夫のもとへ戻ってくることもあります。この点は、別の記事で詳しく整理しています。
おしどり贈与|配偶者が先に亡くなる場合を想定していますか? ― 名義変更と相続の「順番」で結果が変わる話
6.1次相続で、妻に集めすぎない
実務でよく見かけるのが、贈与をしたうえに、1次相続でもさらに妻へ多く取得させてしまう形です。 2,000万円を生前に贈与し、そのうえで夫が亡くなったときに残った財産の半分をさらに妻が取得すれば、妻は生前贈与の分を含めて、全体の半分を大きく超える財産を持つことになります。 1次相続では配偶者の税額軽減があるため、そのときの税負担は軽く見えます。しかしその財産は、いずれ妻の2次相続の財産になります。2次相続では配偶者の税額軽減がなく、基礎控除も相続人が1人減ったぶん小さくなります。
1次相続の税金を減らすために妻へ財産を集めすぎると、2次相続が重くなることがあります。
ですから、贈与するかどうかだけを単独で考えるのではなく、その後の1次相続で妻がどのくらい取得するのかまで、セットで考える必要があります。生前贈与は、その全体の設計の中の一部です。 もっとも、税額だけで妻の取得分を決めるのも違うと思います。妻がこの先どう暮らしていくのか、生活費や医療・介護の備えとしていくら必要なのか。そちらが先で、税金はそのあとに当てる数字です。
7.複数の時間軸を置いて比べる
ここまでを整理すると、時間に関する要素は、反対の方向を向いています。相続まで期間が長い場合と短い場合で、並べてみます。
- 建物の評価額:期間が長いと、待てば下がるので、いま贈与する意味は小さい。短いと、いまの評価額を外す意味が残る
- 土地の価格:期間が長いと、上がる可能性も下がる可能性もある。短いと、大きくは動かない
- 生前贈与加算(110万円の部分):期間が長いと、加算の期間を過ぎて加算されない。短いと、加算される可能性が高い(加算の期間は、2024年以降の贈与から順次7年に延びています)
- 財産の変動:期間が長いと読みにくく、申告の要否も変わり得る。短いと、ある程度読める
こうして並べると、「相続まで長いから早く贈与しておこう」とは必ずしも言えないことが分かります。期間が長いほど、建物評価の低下という不利な要素も、財産の変動という読めない要素も大きくなるからです。 実際に検討するときは、相続まで5年、15年、30年といった複数の時間軸を置いて、それぞれで数字を出してみることになります。土地の価格も、上昇・横ばい・下落の3つを置きます。どの場合でも大きく損をしない選択なのかどうか。そこを見ます。
この判断の分かれ道
おしどり贈与の手続きそのものは、決まってしまえば難しくありません。戸籍で婚姻期間を確かめ、贈与契約書を作り、登記を入れ、翌年に申告する。ここで行き詰まる方は、ほとんどいません。 本当に詰まるのは、「いま、するのかどうか」です。建物は待てば下がる。土地は上がるかもしれないし、下がるかもしれない。2次相続まで見れば、贈与しないほうが選択肢を残せる面もある。条件が一つ変わるだけで、答えが反対になります。判断の分かれ目は、制度の要件ではなく、ご家族がこれからどう暮らしていくのかという側にあります。 全体の流れの中でいまどこを考えているかは相続の道筋地図で、似た状況でほかのご家族がどう考えて結論を出したかは相続の判断例で確かめられます。
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まとめ いつするかは、ご家族の予定から決まる
おしどり贈与について「早めにやっておいたほうがよい」と語られることがあります。しかし自宅については、早ければ早いほどよいとは言えません。建物は待てば下がり、土地は上がるとは限らず、その間にご家族の状況も変わるからです。 そして、生前に妻へ渡しておいても、2次相続まで軽くなるわけではありません。夫から妻へ財産が移る時期が早くなるだけで、妻の手元に積み上がる財産は変わらないからです。それどころか、贈与した半分は、妻が亡くなるまで動かしにくくなります。夫の相続のときに「自宅は同居している子へ」という分け方をしたくても、妻の持分だけは、そのときに動かせないのです。
ですから「いつするか」は、税制のカレンダーから決まるものではありません。この家にこれから誰が住むのか。妻がこの先どう暮らしていくのか。子へはどう承継したいのか。ご家族の予定が先にあって、それに合う時期に制度を当てる。順番はそちらだと思います。
なお、ここまでは相続税の話です。将来この家を売る可能性があるのなら、まったく別の要素が入ってきます。そちらは、3本目の記事(夫婦共有と3,000万円控除)で整理しています。ご自身の状況に当てはめて考えるのが難しいと感じたら、その段階でご相談いただければ大丈夫です。初回のご相談は無料です。
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